パンダなトラこの日常。
by tora_panda
雑多な解説
パンダセイカツは、大猫熊生活 (パンダセイカツ)のブログです。
主に外部更新用なので、更新は繁閑期に多いです。
写真は夫(壱氏)です。トラこの写真はパンダなので載せられません。
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カテゴリ:歴史系( 6 )
訳って大事
前に私が好きな三國志の人物の容姿について書いた。
あの時のホウ統の容姿の記述は演義からでした。昨日正史を読んだ所、ホウ統の容姿が取り立てて醜悪だという記述はありませんでした。
正史には「ホウ統は地味でもっさり」と書いてありました。

もっさり!

何か違うと思う……
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by tora_panda | 2005-01-08 22:03 | 歴史系
トロイア戦争
ホメロスの『イーリアス』で有名なトロイア戦争ですが、ホメロスは作者ではなくホメロス=吟遊詩人だと最近では言われています。

当代一の美人ヘレネーは、ギリシャでは誘拐され、トロイでは自らスパルタを離れた事になっています。兎に角ヘレネーは人妻ですから、これは許されません。

(以下シュリーマンの話をしたいのですが、眠いのでまた今度……)
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by tora_panda | 2005-01-04 02:18 | 歴史系
古代都市の七不思議 エジプト
ギリシャ編に続いて再放送。こっちは最初から観たので順番通り番号を振ります。

1 王家の谷
一番古い墓はトトメス一世のものです。
ファラオの墓は、まずヒエログリフを下書きし、責任者が修正を行いました。修正を行った部分には赤い上書きの後が有ります。
しかし、新王国時代が終わると墓荒しが横行しました。

2 ハトシェプスト女王の葬祭殿
ハトシェプストは稀な女性のファラオです。トトメス一世の長女であり、トトメス二世の妻ですが、当時女性がファラオになることは出来ないので、トトメス三世(義理の息子)の摂政という立場で権力を握ります。
(二世によって建設途中だった)葬祭殿は、設計者センムトの下15年かけて建設されました。この葬祭殿の柱は多面的で、柱の前にはオシリスを立てることで独自性を出しています。内部は押し出し式によるアーチ構造という特殊な建設法を用いています。壁画にはハトシェプストの治世が描かれています。
ハトシェプストの娘ネフェルウラーの養育係まで勤めたセンムトですが、ハトシェプストの即位16年目に忽然と姿を消します。センムトとハトシェプストの墓には、天上に宙が描かれており、これは他に類を見ない壁画です。

3 カルナック神殿
此処は常に何かが作られては壊されてきました。トトメス三世はハトシェプスト女王亡き後建造物を破壊し、セティ一世はラムセス一世(父親)の肖像画を削り取っています。
ここに名を残すためファラオ達は躍起になっていたのです。建設競争の目安はオベリスクです。ハトシェプストはトトメス一世より大きなオベリスク(33t)を建てています。これは現存するものとしては最大です。
イクナートンによって建設方法が大きく変わります。50cm四方のブロックを積み上げるようになったのです。しかしこれは崩すのも簡単なので、やがて元の大きな石を使う方法に戻ります。
この神殿はホレムヘブによって始まり、ラムセス二世によって完成します。アーチ手法を古代エジプト人は知っていましたが、後のローマ人に比べればずっと荒削りです。カルナック神殿は土を盛る方法で作られました。先述のロードス島の巨大像と似た方法です。

4 アブシンベル大神殿
ラムセス二世が建てた最も有名な建造物はアブシンベル大神殿です。首都から離れた地に作ることによってカルナック神殿の神官に文句を言わせないようにしたのです。巨大な岩をくりぬいて作られた内部は、最奥のラムセス二世像に冬至と夏至の2回陽が当る様に作られています。

5 シナイ山
モーゼの十戒で有名な山です。モーゼは此処で十戒を授けられた事になっています。
此処には現在聖カタリナ修道院が建っています。現存する最古の修道院です。モーゼはシナイ山で幾ら燃えても燃え尽きない芝の中に神を見たと言われており、最初は燃える芝の修道院と呼ばれていました。
モーゼはファラオの家で育てられいましたが(一説によるとラムセス二世統治下)、ヘブライ人奴隷の開放を求めます。そして海を割ってシナイ山に戻ってきたというのです。

6 スフィンクス
頭は人間で胴体はライオンのスフィンクスは、今から2400年前に作られたといわれています。恐怖の父とも呼ばれ、誰が何の為に作られたかは今もって解りません。
スフィンクスのモデルはファラオであると考えられ、知性と雄々しさの象徴であると思われます。千年以上忘れられていたスフィンクスをトトメス四世が発見し、像前に記念碑が建てられています。
スフィンクスは誰の為の物か解っていませんが、クフ王が建てたという説と、カフラー王がクフ王(父)の為に建てたという説があります。

7 ギザの大ピラミッド
紀元前260年ごろクフ王が建てたと言われています。クフ王は最初に太陽神と認められたファラオで、このピラミッドの建設には太陽神信仰が関係していると思われます。
基礎部分の高低差は3cmしか有りません。3分間に1個のブロックを乗せるペースで22年掛かったと考えられます。ブロックは下のものは1個あたり5tです。内部は持ち出し式のアーチ構造で、ピラミッドの重みを横の壁に分散する作りになっています。
クフ王の棺は部屋の入り口より少し大きく、完成前に運び込まれていた事が解ります。ピラミッドの入り口は何トンもの石で塞がれていますが、何故か墓泥棒にあっています。どうやったかは「神のみぞ知る」とか。
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by tora_panda | 2005-01-04 02:03 | 歴史系
古代都市の七不思議 ギリシャ
TVをつけたら興味深い番組を再放送していました。途中からですが観ました。


デルフォィの丘の上にあったアポロン神殿の巫女は、ぶつかり合った断層から生じる有毒ガス(エチレン?)によって神憑り状態(所謂トランス状態)になっていた可能性があるとか。

ロードス島の巨人像は、銅製だったのですね。知らなかったー。昔は港を跨いでいたと考えられていましたが、今は丘の上に支柱を付けて立っていたと言う説が有力なようです。確かに二本足で30メートルの像を支えるのは結構危険ですよね。

オリンピアの闘技場の中には、トランペットの音を七回共鳴させるため建物が有ったのですね。トランペットコンテストは、闘技とは違う気がしますよね。
この闘技を征しても、商品自体は頭に巻く赤いリボンと月桂樹の冠だけだったとか。ただ、故郷に帰れば英雄として美女と結婚し生活は半永久的に保障された様です。

プラトンが記したアトランティスは有名な話ですね。アトランティスは火山噴火により滅んだといわれていますが、このアトランティス大陸はサントリニ島ではないか、という説が今俄かに有力になってきた様です。
サントリニ島から出土した壁画の様子が現在のサントリニ島の様子と似通っているとか。サントリニ島の一部は火山によって海中へ沈み、故に海中に失われたアトランティスが有るのではないかと発掘調査が現在行われています。

アクロポリスのパルテノン神殿の建設は、彫刻家ペイディアス(設計)と政治家ペディクレスによって実行されました。これは同盟国の反対を押し切って行われたようです。
パルテノン神殿は遠近法を意識して作れれ、遠くから見ると直線的ですが、実は中央が6cm高くなっており、柱も中央に態と傾いています。また、柱が地震などで倒れぬよう、金属の鎹が台座と柱の間に入れて有ります。
とても素晴らしい作品なのですが、ペイディアスは横領罪と冒涜罪(アテナ女神像へのサイン)で投獄されています。
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by tora_panda | 2005-01-04 01:12 | 歴史系
エジプト新王国時代
明けましておめでとう御座います。本年も宜しく御願い致します。


TVのエジプト特番を観ています。
エジプト新王国時代最大の栄華を築いたファラオ、ラムセス2世。彼は曹操ほどではないにしろ、人材マニアの香りがしますね。
私は2世より1世の方が好きかな。ラムセス1世は王族の血は引かないファラオで、ツタンカーメン死後のごたごたで成功したと言えると思います。国境警備隊からファラオになったラムセス1世の方が、時代の夢を感じます。
ちなみに、英雄色を好むってのは何故古今普遍なのでしょうねぇ(笑)。ラムセス2世が130人の子供全てを平等に愛していたとはとても思えませんが、曹操と違い皇太子問題を先延ばしにしていた形跡は無いと思います。彼は長男から順番に皇太子に即位したのに、余りに長寿(没年93-96歳)だった故結局2世亡き後即位問題が起きたのですから皮肉ですね。
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by tora_panda | 2005-01-01 23:10 | 歴史系
三国志

あれ?
陳宮ってちょっと堅物で君主思いだと思っていたのに……実は呂布に反旗を翻した事があったとは意外だ。逆に高順は武一辺倒で別に忠義とかではないと思っていたのに、冷遇されても仕える忠義者だったのか。

魏延の話を読むに付け思うのは、諸葛亮が嫌な奴だなーって事と、郭淮も好きなのに郭淮負けてるなーって事だった。私は勿論好き武将贔屓なのだが、魏延も郭淮も好きなので北伐については屡々どっちを褒めればいいのか悩む。
もっとも、魏延は後詰めが殆どなので、多くは郭淮を褒めておく。序でに、諸葛亮のばかめと貶めておく。

トラこの好き武将(&エトセトラ)は、夏侯惇・郭淮・孫堅・周泰・魏延・崔エン・徐庶で割とメジャー系。最近は甘寧・ホウ統も気になってます。
(ちなみに諸葛亮が嫌いなのですが、同人サイトでは言えないので此処で言っておきます)

夫は陸抗&羊コが好きなようです。
羊コ良い奴ですよね。誰かが、「羊コは夏侯覇が裏切った後も奥さんを大切にした」というのに対して、郭淮と同じだと言っていたんですが、私は違うと思う。羊コの方が良い奴だ。郭淮は5人の息子が余りに強行なので、嫌々渋々仕方なくって感じがする(笑)。郭淮は好きだけど、郭淮は多分「妻子は衣服の如し」タイプですよ。まぁそういう時代だから仕方ない。


んで、私は腐ってるんで容姿についても推測とかしてみますが、私が好きな武将の中で容姿を褒められている人は多分いないですねー。

ホウ統に至っては、「顔が醜かったので孫権は嫌がったが、人物が優秀な為周瑜は採用した」みたいな記述がどっかに有った様な。ちなみに蜀に行った理由も、「周瑜亡き後、顔が醜いホウ統を孫権が嫌った為仕方なく……」だった様な……もしかしたら演義かもしれませんが。

正史に容姿についての記述がある人は、孫堅くらいかな? 「額広く顔大きく、体は虎の如く腰は熊のよう」というさっぱり解らん記述ですが……まぁ偉丈夫と思えば良いのかな(好きなので良く考えます)。何ですか、友人H氏によるとベトナム人の血が入ってたとか。次男の孫権が「眼が青く髭は紫色」とか言われる事を考えると異国風な顔立ちだったのかも。ただ、長男の孫策は周瑜と並ぶ美丈夫らしいので、決して見目立ちの悪い人ではなかったんだと思います。奥さんが美人だったから孫策の顔が良かったってのも否定は出来ませんけど(笑)。

魏延は、演義には容姿の記述が有る様で「身長八尺、棗のような顔」となっています。これもさっぱり解りませんな。と言うか、なつめって何だよ? 背が高くて浅黒くて面長ってことか??

夏侯惇に関しては、息子の記述から推測してみます。夏侯惇には7人の息子がいたらしいのですが、夏侯淵と違い息子は全く有名ではありません。寧ろ汚名が一人。それが容姿についての記述がある息子、次男の夏侯楙。またも出典先を忘れましたが、「武略に暗く、金儲けの好きな人物で、容姿が良く色好み」という記述が有った様な。全くもって不肖の息子なのですが、この容姿がよいと言う所にポイントを置きます。夏侯惇は世界で最も有名な隻眼の一人(適当)ですが、隻眼であるという事はマイナスポイントです。『蒼天航路』においてホウ統が容姿の悪いとされた理由が隻腕だったからになっていますが、この事からも解る様に隻眼は容姿が悪いと記述されても仕方ない事です。でも、そういう記述は夏侯惇伝には見当たりません。この事から考えると、少なくとも隻眼になる前の夏侯惇の容姿は中くらいよりは上? と妄想しております。まぁこりゃ完全な妄想なので放っておいて下さい。

後の人は妄想のしようも無いですなー。

取り敢えず陳宮に驚いたはずがとりとめも無くなりました。
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by tora_panda | 2004-12-31 01:36 | 歴史系